自分に敗けない
6月24日から、私は少し無理がたたったのか、肝臓の周辺大動脈のあたりの腫脹のため、静養することになり、今日で正味1カ月、自宅で坐業している。この好機にかねてから着手していた、B-P著「The Wolf cub’s Handbook 」の全訳を目標に、日々炎暑と戦っている。そしてすでに1カ月となった現在、第Ⅲ部(指導者用)を訳了し、前の方に戻って、第Ⅰ部(カブ用)を進行中である。これは、コドモに読ます部分なので、用語、文字、文脈に一方ならぬ苦労をしている。ことに、新送り仮名法が発表された折りも折りとて、その苦心は並大抵ではない。毎日8時間平均、ペンと辞書を友として、汗をかいているのだが――。頭の中では、「自分に敗けない」――これをモットーにしている。
英国カブのロウ(さだめ)は
1.The cub gives in to the old wolf.
1.The cub does not give in to himself.
の二ヶ条である。恩師、佐野常羽先生は、戦前、これを邦訳して――
1.目うえをうやまう
2.わがままをしない
とし、日本のカブのおきてにされた。先生がgive inを「うやまう」とし、give in oneselfを「わがまま」と訳されたのは、きわめて日本的、または東洋的で、結構であるし、敬服している。リズミカルな点もよい。
ところが、このHandbookを訳しているうちに、いろいろ出てくる例話をとおして、私は「give in」を本来の訳語の「したがう」に「does not give in to himself」を「自分に敗けない」と訳した方がぴったりすると考えて、そう訳しておいた。
その後、同書の旧訳本「幼年健児教範」(大正16年1月日連刊行)によると、
一 幼年健児は年長健児に服従します。
二 幼年健児は自分に降参しません。
という訳になっている。この訳は多分、当時の日連参事、奥寺龍渓さんの訳だと思う。(奥寺氏は、既に故人、沢山の良書を邦訳された)
さて、「自分に降参しない」という表現力はなかなかおもしろい。当時のコドモには、コウサンという言葉が日用語だったからである。しかし、今日のコドモの用語は、コウサンなんて漢語より、「まけない」の方が親近感があるのではなかろうか?
「わがままをしない」ことは「自分にまけない」ことから生ずる行動的な面をもつ。しかし、同書のB-Pの示した例話をみると、「がんばる」とか「しんぼう強い」「屈しない」という語の方が的中する。いづれにせよ、「自制」であるが、私は「まけない」という訳語をとったのである。少年、年長、青年スカウトの「誘惑にかからぬ」の前提になるとして――。
とにかく私は、7年前、59才の時、「スカウティング フォア ボーイズ」を訳した。あの時は実働121日で訳了した。そのレコードに、まけてはならん、出来れば新記録を出したいものと、「自分に克つ」「自分にまけない」を実修中である。
万一、日本ジャンボリーに参加が出来なくても悔いないつもりである。
ことは肝臓疾患に発生したのだから、キモに銘じて忘れず、キモをつぶさぬよう、ねばること肝要々々。
(昭和34年7月24日 記)
ちーやん夜話集 索引
- ちーやん夜話集 01.私とスカウティング
- ちーやん夜話集 02.盟友中村知の後世にのこしたものは
- ちーやん夜話集 03.スカウト象にさわる
- ちーやん夜話集 04.スカウティングと社会性
- ちーやん夜話集 05.偉大なる自発活動
- ちーやん夜話集 06.スカウティングのXとY
- ちーやん夜話集 07.ローバーリングは電源である
- ちーやん夜話集 08.隊長がエライか? 地区委員がエライか?
- ちーやん夜話集 09.初夏随想・指導者のタイプ
- ちーやん夜話集 10.忘れられない話(その1)
- ちーやん夜話集 11.忘れられない話(その2)
- ちーやん夜話集 12.奉仕とは
- ちーやん夜話集 13.標語について
- ちーやん夜話集 14.何を備えるか
- ちーやん夜話集 15.新しい時代に生きるスカウト教育
- ちーやん夜話集 16.自発活動(その1)人に対する忠節をつくすのか?
- ちーやん夜話集 17.自発活動(その2)日本人に欠けているもの
- ちーやん夜話集 18.継続と成功
- ちーやん夜話集 19.智 仁 勇
- ちーやん夜話集 20.私見:ちかいの意義
- ちーやん夜話集 21.私見:ちかいの組立(1)
- ちーやん夜話集 22.私見:ちかいの組立(2)
- ちーやん夜話集 23.名誉とは
- ちーやん夜話集 24.名誉について
- ちーやん夜話集 25.“ちかい”のリファームについて
- ちーやん夜話集 26.幸福の道について
- ちーやん夜話集 27.スカウトの精神訓練
- ちーやん夜話集 28.B-Pはおきて第4をこのように実行した
- ちーやん夜話集 29.新春自戒 ジャンボリー
- ちーやん夜話集 31.少年がBSから逃げていないか
- ちーやん夜話集 32.強制ということについて
- ちーやん夜話集 33.自分のプログラムというものをよく考えよう
- ちーやん夜話集 34.スカウト百までゲーム忘れぬ
- ちーやん夜話集 35.冬のスカウティングとプログラム
- ちーやん夜話集 36.B-P祭にあたって
- ちーやん夜話集 37.スカウトソングについて
- ちーやん夜話集 38.1956年の意義ジャンボリー
- ちーやん夜話集 39.バッジシステムの魅力
- ちーやん夜話集 40.技能章について
- ちーやん夜話集 41.技能章におもう
- ちーやん夜話集 42.自発活動ということ
- ちーやん夜話集 43.自己研修とチームワーク
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- ちーやん夜話集 45.班活動の吟味
- ちーやん夜話集 46.ハイキングとパトローリングと班
- ちーやん夜話集 47.隊訓練の性格について
- ちーやん夜話集 48.班別制度の盲点を突く
- ちーやん夜話集 49.コミッショナーの質問
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- ちーやん夜話集 52.ボエンの意義
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- ちーやん夜話集 60.私の眼をみはらせた5名
- ちーやん夜話集 61.スカウトと宗教
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- ちーやん夜話集 63.神仏の問題
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- ちーやん夜話集 66.昭和27年の念頭に考える 世相とスカウティング
- ちーやん夜話集 67.道徳教育愚見
- ちーやん夜話集 68.「勝」と「克」(1)
- ちーやん夜話集 69.「勝」と「克」(2)
- ちーやん夜話集 70-0.あ と が き
- ちーやん夜話集 70-1. 中村先生ついに逝く 「はんなん17号」
- ちーやん夜話集 70-2.番外編 第1回 ingとは積み重ね
- ちーやん夜話集 70-3.主治医としての思い出 「はんなん17号」
- ちーやん夜話集 70-4. スカウティングに就いての一考察