ちーやん夜話集 30.自分に敗けない

自分に敗けない

 6月24日から、私は少し無理がたたったのか、肝臓の周辺大動脈のあたりの腫脹のため、静養することになり、今日で正味1カ月、自宅で坐業している。この好機にかねてから着手していた、B-P著「The Wolf cub’s Handbook 」の全訳を目標に、日々炎暑と戦っている。そしてすでに1カ月となった現在、第Ⅲ部(指導者用)を訳了し、前の方に戻って、第Ⅰ部(カブ用)を進行中である。これは、コドモに読ます部分なので、用語、文字、文脈に一方ならぬ苦労をしている。ことに、新送り仮名法が発表された折りも折りとて、その苦心は並大抵ではない。毎日8時間平均、ペンと辞書を友として、汗をかいているのだが――。頭の中では、「自分に敗けない」――これをモットーにしている。
 英国カブのロウ(さだめ)は
1.The cub gives in to the old wolf.
1.The cub does not give in to himself.
 の二ヶ条である。恩師、佐野常羽先生は、戦前、これを邦訳して――
1.目うえをうやまう
2.わがままをしない
とし、日本のカブのおきてにされた。先生がgive inを「うやまう」とし、give in oneselfを「わがまま」と訳されたのは、きわめて日本的、または東洋的で、結構であるし、敬服している。リズミカルな点もよい。
 ところが、このHandbookを訳しているうちに、いろいろ出てくる例話をとおして、私は「give in」を本来の訳語の「したがう」に「does not give in to himself」を「自分に敗けない」と訳した方がぴったりすると考えて、そう訳しておいた。
 その後、同書の旧訳本「幼年健児教範」(大正16年1月日連刊行)によると、
 一 幼年健児は年長健児に服従します。
 二 幼年健児は自分に降参しません。
という訳になっている。この訳は多分、当時の日連参事、奥寺龍渓さんの訳だと思う。(奥寺氏は、既に故人、沢山の良書を邦訳された)
 さて、「自分に降参しない」という表現力はなかなかおもしろい。当時のコドモには、コウサンという言葉が日用語だったからである。しかし、今日のコドモの用語は、コウサンなんて漢語より、「まけない」の方が親近感があるのではなかろうか?
 「わがままをしない」ことは「自分にまけない」ことから生ずる行動的な面をもつ。しかし、同書のB-Pの示した例話をみると、「がんばる」とか「しんぼう強い」「屈しない」という語の方が的中する。いづれにせよ、「自制」であるが、私は「まけない」という訳語をとったのである。少年、年長、青年スカウトの「誘惑にかからぬ」の前提になるとして――。
 とにかく私は、7年前、59才の時、「スカウティング フォア ボーイズ」を訳した。あの時は実働121日で訳了した。そのレコードに、まけてはならん、出来れば新記録を出したいものと、「自分に克つ」「自分にまけない」を実修中である。
 万一、日本ジャンボリーに参加が出来なくても悔いないつもりである。
 ことは肝臓疾患に発生したのだから、キモに銘じて忘れず、キモをつぶさぬよう、ねばること肝要々々。

(昭和34年7月24日 記)


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