ちーやん夜話集 64.GIVE AND TAKEということについて

GIVE AND TAKEということについて

 GIVEは与える、TAKEは貰うということ、「やりとり」と解する。

 自分の長所を他の人々にささげ、他人の長所を頂戴して自分の短所を補う、という意味に用いられる。漢文でいう「共励切磋」、「採長補短」である。和訓にして「ともみがき」となり「はげましあい」となり、さらに漢語でいう「相互扶助」となり英語のCo-operationに通ずる。

 この語は、英国人が非常に好む言葉である。英国の対外政策は悉くgive and takeを一貫している。ことにナポレオンの亡後そうである。歴史家はこれを勢力均衛主義(Balance of power)と名づける。これは諸外国(特にヨーロッパの)間の力の「釣りあい」をとる役目に英国があたろうとするやり方で、英国も、その「釣りあい」の上に平和を保ち、繁栄を図ろうとする、誠に賢明なセンスである。

 これは英国の外交だけでなく、大英帝国内のドミニオンや植民地、海外領土を統治するにもgive and takeする。自然これは経済につながる。あり余るところから無い所へ品物を送る。「有無相通ずる」という言葉がそれである。

 私は、このgive and takeは賢明なセンスだと前に述べた。そのとおり――。これはセンスだと思う。英語のCommon Senseを「常識」と訳す例が多いのだが、私は「良識」または「通識」と訳したい。即ち、誰からも納得されるセンス、万人に通ずるセンスだと思う。give and takeは英国人にとってCommon senseに値する。
 Humanism(人道主義)の英国的あらわれとも解せられる。

 去る大戦中、日本の或る陸軍の参謀が米英打倒演説をやった。その時彼は、「奪わんがためにはまず与えよ」とgive and takeを説明した。米、英は後進国に対して色々の恩恵をまず与える。そして、懐桑(てなずける)する。そうしておいてアトで搾取(しぼりとる)する――と。
 彼は、英国の、印度、南亜、中国などに対する侵略や利権を説き、日本は米英にかわって大東亜共栄圏を作りこれを救うため聖戦を起こしたのだと唱え、聴衆の拍手にそりかえった。give and takeの訳し方にこんなのもあるものかと、私はおどろいた。

 ボーイスカウト教育の核心であるPatrol System(班別制度)はgive and takeという作用をしっている。狙即ち、班内の各少年は、それぞれ自分の長所をささげて奉仕するとともに、他の少年の長所をとり入れて自分の短所をなおしてゆく。班とは、give and takeする「場」である。
 A班とB班との間にも、C班とD班の間にも、班としてのgive and takeが行われる。その「場」が「隊」であると考える。
 隊と隊、地区と地区、A県連とB県連、そして日本連盟と他国の連盟との間にも友誼あるgive and takeが行なわれる。
 こうしてScoutingとはgive and takeによって進歩し発展する。

 しかし考えねばならぬ点は、この参謀の解決のように「貰うためにまず与えておく」という功利的なものになっては逆効果になる。――という点である。人間は植物から酸素を貰おうと思って炭酸ガスを吐いているのではない。その逆は植物の側からもいえる。人間から炭酸ガスを貰うため酸素を吐いているのではない。これは天然自然必然の生存作用にすぎない。
 一日一善、日々の善行も、何か貰うための行動であったならば、もう善行ではなくて取引である。善行とは、既に頂いた恩恵に対する「よきおかえし」であり「返礼」である。これと同じように、give and takeはgiveの方に比重があらねばならない。takeの方は他人のgiveの力がはねかえって自分に来るもので、それを予期しない方が奥床しい。

 二宮尊徳先生(金次郎)の夜話の中に次のような訓話がある。
 「お湯に入って、熱いと人々は水をうめるが、その時冷水を自分の方へかきよせるものだ。それはまちがいで、反対に自分の身辺から水の方へ湯を押しやる。そうすると湯は風呂桶のフチにぶつかって水とまじってはね帰ってくる。これが正しいうめ方である。」と。

 スカウティングの中に、功利主義を交ぜたくないものである。
 give and takeこそは大調和、平和、進歩のてだてである。ハーモニーとバランスのよろこびはここから来る。印度のドゴールやガンジーの思想のもともここにあった。
 B-Pは、班の生活を通じて、少年たちにその実習をすすめていると私は思う。

(昭和33年6月1日 記)


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