あ と が き
中村知先生の「ちーやん夜話集」発行の思いたちは、昭和37年「なんとう誌」65号の編集後記に書かれました。この企画については、全国の同志からリーダーへの指針であり、警鐘でもあるとして、大きな期待を持たれ、激励の手紙が各地から届き、故三島総長からも掲載用の一文を拝受いたしました。
中村先生からは「私の文を一冊にするならば、いったい何という表題にしたらよかろうか――と勝手に考えること一週間。<流転の野帳>と言う名を考えました。<流転>とは、私の仏教的目ざめ、<野帳>とはスカウト用語、この二つの咬みあわせです」といってこられました。
それから7年間、いろいろな関係でこの話は立消えになっていたかのように見えますが、火の気はどこかでくすぶり続けていました。ふと一本の柴に小さな焔が燃えあがり、それが広がりはじめ、ついにある団のローバーたちが手分けして原文から原稿用紙に書き写す作業が始められました。膨大な原稿用紙の束が完成すると、本格的な作業に移りました。
刊行会の発足、資金面の事、内容の検討、分類整理など、めまぐるしい作業が、夏の第5回日本ジャンボリーが済み、万国博覧会が終了してホッとした気分になるいとまもなく進められました。刊行会は、あちらの家、こちらの事務所と再三再四開かれ、表題も「流転の野帳」「ちーやん随想集」から「ちーやん夜話集」となり、「中村先生スカウティング随想」という副題をつけることになりました。
内容も昭和25年から43年に至る103編にもおよんでいましたが、約20年間にわたって書かれたので、中には次代の変遷とともに、制度の改正があり、また当時の論説主帳が現在実現されているものもあって、次の65編だけを集録いたしました。
大阪BSクラブ(鈴木栄次郎編集) 「やまびこ」から 7編
福岡県連盟機関紙(住谷 豊編集) 「さきがけ」から 11編
大阪南東地区機関誌(住谷 豊編集) 「なんとう」から 43編
北海道連盟機関誌(藤井学子編集) 「パイオニア」から 4編
またこの冊子の発行にあたって、日本連盟総コミッショナー渡辺昭先生をはじめ、先達の山口季次郎先生その他多くの方々、また大阪63団のローバー諸君などのご声援、ご援助に対して、心から感謝の意を捧げます。
中村知先生のスカウティングに対する情熱の一端に触れられることによつて、全国の指導者のみなさんが、少しでもよりよいスカウティングを展開されることを期待してやまない次第であります。
昭和45年12月
第5回日本ジャンボリーおよび
大阪での万国博覧会を終えた年を記念して
ちーやん夜話集刊行会
ちーやん夜話集 頒価400円
昭和45年12月10日発行
発行者 ちーやん夜話集刊行会
発行所 大阪市東住吉区****
松本石翆



